

怪我の期間さえも、「前より良い体を作る」チャンスに

ピッチングは全身運動なので、疲れ方が偏るのは好ましくありません。ただ実際にボールを投げる動作では、肩や腕への疲労が結果的に大きくなりがちです。下半身を使って連動させることが理想ですが、少し力が入ったり、バランスを崩した時に最終的な負担がかかるのはやっぱり肩や肘。ケアや治療もそこが中心になっていましたね。
疲れる部位は投げ方によっても異なります。自分の場合は腿やお尻、背中や腰といった「後ろ側」が張りがちだったので、そこを中心にケアしてもらっていました。
ただ、張りにも段階があって、全く張りがない状態が良いわけではないんです。パフォーマンスの観点では「これくらいの張りがある方がいい」というちょうどいい状態があります。自分にとっての適切な範囲を把握した上で、張りが強くなりすぎた時にほぐしていく。そのコントロールをシーズンを通して行っていました。

現役時代にはトミージョン手術も経験しました。復帰までに長い時間を要する手術ですが、「手術をすれば自分のパフォーマンスが戻る」という前向きなメンタリティで乗り越えました。リハビリは指を動かす、ひねるといった初歩的な段階から始まりますが、「できなかったことができるようになる」という小さな積み重ねをモチベーションにしながら取り組んでいました。
その時は肘の手術でしたが、患部を治すことと並行して、全身をしっかりトレーニングできる時間でもありました。野球選手がまとまったトレーニングに充てられるのは、オフの12月から1月頃のわずか1ヶ月ほど。その貴重な時間を、怪我の治療と体の見直しに丸々使えるというのは、通常のシーズンを送っている限りまずあり得ないことです。
だからこそ「怪我をする前より良い体を作って、怪我する前より良いパフォーマンスでマウンドに戻る」というモチベーションは非常に大きかったです。リハビリの中でなかなか前に進めない苦しい時期もありましたが、そういう時は完治を信じること、そしてマウンドに上がる自分の姿を想像してポジティブに取り組むこと。その繰り返しでした。
「力を抜く」難しさ

長いキャリアの中で、「これが正解だ」と思った答えがなかなか続かない。そこが最も難しく、同時に面白いところでもありました。同じ動きに見えても、その日の体調によって感覚は異なりますし、体の成長とともに変化していくもの。だからこそ、その時々で常に最善を探し続けることが必要です。
若い頃はポテンシャルだけでがむしゃらにやっていけますが、それには限界があります。何がどううまくいっているのかを細かく分析する力は、経験を重ねて初めて身についてくるものです。その力が備わってきた時に、「今日はどこが悪い」「今日はどうすれば良くなる」と、自分をいい方向に持っていく手段を学べるようになります。
またいろんなコーチから教わる中で、自分に合うものを柔軟に取り入れ、合わないものは捨てるという作業がとても重要です。全部を取り入れようとすると、かえって分からなくなってしまう。自分の良い部分と悪い癖を早いうちに見極めて、それを修正するために何ができるかを考え続けること、そして答え合わせを繰り返していくことが大切です。

体を大きく強くすることも常に意識していました。オフの間はトレーニングにみっちり取り組んでいましたが、ただ重いものを持つのではなく、大きくした体をいかにピッチングに繋げるか。この作業がうまくいくかどうかが、パフォーマンスの分かれ道になります。
力を入れることは簡単ですが、いい形で「抜く」のが非常に難しい。軸や体幹をしっかり固めた上で、自分の筋肉の状態に合わせて連動させなければ、動き自体がロスしてしまいます。特に下半身の使い方は重要で、地面の反発をいかに上半身に繋げて連動させられるか。これが強いボールを投げる上での大きなポイントになります。
五十嵐選手にとって休息とは

僕にとって休息とは、健康を維持するためだけでなく、自分をいい状態に保つための「栄養」みたいなものだと思っています。
現役時代は、ストレスを溜めないことをすごく大事にしていました。眠れない夜はチームメイトとご飯を食べに行ったり、お酒を飲んで楽しく過ごしたり。一見「自分に甘いのでは?」と思われるかもしれませんが、体を治療やケアで整える一方で、楽しい時間も同じくらい大切にしていましたね。
シーズン中はそこから逃げられないし、逃げてもいけない。「なんでだ」「どうしたらいいんだ」と常に突き止め続けなければならない。だからこそ、そういう楽しい時間が、僕にとって何よりの栄養であり、次の戦いへ向かうための大切な休息でした。
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撮影の合間の一コマ

インタビューも終盤に差し掛かり、「五十嵐選手にとって『きゅうそく』とは?」という質問が投げかけられたときのことです。
それまでずっと速いボールへのこだわりを語っていた流れもあり、五十嵐さんはてっきりピッチャーとしての「球速(ボールの速さ)」のことだと思い込んでしまったそう。子どもの頃から憧れていた津田恒美投手への想いや、日本最速を記録した当時のエピソードを、ものすごく熱っぽく、完璧な“ドヤ顔”で語ってくださいました。
ひと通り格好よく話し終えたあと、聞き手から「あ、休む方の『休息』です……」と申し訳なさそうに告げられると、五十嵐さんは「言ってくれよ!めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか!」と大慌て。急に顔を真っ赤にする五十嵐さんの姿に、周りのスタッフ陣からも大爆笑が巻き起こりました。
